結局コアを作っていくときはどれだけの文脈の複雑性を高められるかにかかっているし

概念が概念たる時というのは、誰もが思想の言語化を正しくできない時で

よくいえば、解釈の自由がある(くらいに無限の情報量がある)ときで

無限の情報量を作る

概念を確実に概念にしていく

文脈が複雑になることをわかっていて、優先順位を作っていく

このあたりがキーになるんだなあと、日本文化特有なのかもしれないけれど、このエンタメコンテンツの需要はかなりあると思う

何を言ってるかわけがわからないものの再現性を作れる人は、実質わけがわかりすぎて、むしろ周りが整理整頓するのに追いつけてないだけ

そこにエンターテイメントとしてのカリスマ性があって、これは、ゲームセンターに流れてる雑多な音をすべてどこから出てるのかを捉えて、宝のありかを探せる人間になれるのか、それとも

なんか、うるさくて、いやだ

と思考の外に出ずに、自ら情報の取捨選択を誤ってしまう場合(あえて誤っている)

新しいものが既存の掛け合わせであると信憑性があるのだから、

既存のとらえかたが丁寧な人ほど、これらを伏線だとも思えるし、教祖的な解釈の自由要素を取り入れていることにも正確に気付ける

この人類の感情や大衆文化をコントロールしている仕組みを、たくさんの情報の本質から少しずつ切り取って、理解していく過程が、サイエンス的なエンタメの楽しみ方で、これがわかってくると、作り手にも回れる

コアとは常に幻想であって、しかし虚構の組み合わせで生まれるものは、また新しい虚構で、これらがおいつけないところまでいくことで、ヒエラルキーが生まれて、その残り滓とか、つなぎ合わせたインセンティブとか、綻びとか、エモさまで繋がって、コンテンツクリエーションがたのしめるように

これを感覚でやっている自分がわからない人と、分析はできるけど体現に自信がない人それぞれに渦巻くエモさの折衷案的な配合で作ったコンテンツを2つ以上かけあわせるとカオスの出来上がりだよね

多分あってると思うんだけど、アイキャッチにしたここあたりが実はコアとなる情報で、深層心理をついてるはず。マスターハンドとかもそう。砂のアニメもそう。

曲調やストーリーやキャラクター背景は実はもう行き止まりの虚構

バーバパパまじTUEEEE