またこの日がやって来た。旅前日。

そう、

この夏も、旅に出ることにした。

『ママチャリで北海道宗谷岬

つまり最北端の地。

相棒のママチャリはイオンで買った14800円くらいのやつ。

ただのママチャリじゃねぇかww

ロードバイクでいけよバカwww

そんな声が聞こえてくる。。

でも、それは違う。
そんなんじゃダメなんだ。。

なぜなら、

こいつには深い想い入れがあるからだ。

語り始めよう。。

『この相棒』は

幾度となく駅前で
おれとハンターとの激闘を繰り広げさせた張本人なのだ。

その勝負300戦をゆうに超えている

しかし、

おれとしたことが、ハンターに負けたことがある。その数6回。

その度におれは、ハンターが拉致していくその現場まで足を運び、懐の金と引き換えに、相棒をなんとか救出している。

相棒の命の危険が脅かされた時もあった。しかし、おれは何度も何度も救い出して来た。

これはプライドだった。

譲れないものが、コイツじゃなきゃいけない何かが、確かにあったのだ。

そんな相棒。。

そう。。

違法駐輪を監視してるおっさんに6回も持ってかれて罰金12000円も払ってて、いつも放置自転車の停留所で雨に打たれて汚れて置きっぱになってた『この相棒』で

おれは旅に出るのだ。。

———茶番終了———

えと、、

ママチャリで旅に出る『本当の理由』

それは、

旅にハマったキッカケがママチャリだったから!!

中3のとき、友達と茅ヶ崎から箱根まで、大雨の中チャリで旅して得た物凄い達成感。

高校にあがり
横浜、東京タワー、スカイツリー、ディズニーランドとママチャリと共に旅する距離を伸ばした(このチャリは違法駐輪で処分されました。うんこ。)

そんな頃からの夢だった

【ママチャリで北海道に行くこと】

でも、

それから暫く旅をしていなかった。。

というか、
他の旅にハマってしまったのだ(笑)

そしておれは今、めちゃくちゃロードバイクが欲しい(笑)

だからここで
ママチャリの旅を引退しよう。

でも、

最後の挑戦として、ママチャリ北海道。それも最北端に行くことで夢を叶えて引退しよう。

そういう次第なのである。

つまり、ママチャリとの卒業旅行なのだ。。。。

これがママチャリで最北端を目指す理由です!!あと、バカみたいなことが大好きだからです!!笑

ということで、

くっそ楽しみ!!!!

今回はどんな出会いとハプニングが待ってるかな。

熱中症で倒れて気がついたらめっちゃ可愛い女の子の家とかあるかな。。

なにはともあれアドレナリンMAX

原付日本一周のおかげさまで怖さは全くないです。

だって寒くないし凍傷にならないし凍結してないしスピード違反とか無いし(笑)

だから

最高の旅にしてきます。

また毎日ブログ更新するんでよかったら読んでね。

つづく。

iPhoneからの投稿

8nch (id:itotl)  


、、、、、、

というブログを書いていたのは9年前らしい。
9年前の俺よ。タイムマシーンに乗って会いに行ってやりたい。
お前は最強の旅人になったぞと。

俺はこのママチャリ最北端の旅に出て、
人生が変わった。

旅じゃ人生変わらねえと、常々思っている。
たった移動をするだけで、人生が変わるんだったらみんなやってるわ。
大事なのは外から吸収するものじゃねえ。自分の熱狂だ。
とは言っても、俺はこのママチャリ最北端の旅に出て
多くの面白いやつと知り合った。
俺は18歳で地元を飛び立ち、東京に行った。
地元でインターネットとヤンキーごっこをして遊ぶ日々から
なんとなく、このままよりもっと大きなことをしたくて
大学受験をして、なんやかんや失敗したけど
日本大学経済学部に合格することができた。
そして、最初に思い立ったのが日本一周だった。
水曜どうでしょうみたいなことをしてみたい。
地元の友人を巻き込んで、免許を取りに行くところから始めて
一緒に山形県の合宿まで行って、8月5日
19歳の誕生日を迎えた。

そして翌年3月
見事、46都道府県の原付日本一周を
野宿で、真冬に、6000キロ走破する。
あ、俺、19歳で日本一周を終えてしまった。
そんな達成感もつかの間、原付に座ってるだけで
退屈になったルーティンの旅に
終止符を打ちたくて、俺は次なるチャレンジをした。

それがママチャリで日本最北端まで行くことだ。
俺はこの旅中に、20歳の誕生日を迎え、
見事、最高の20歳の夏休みを迎えることができた。
ママチャリで地元から日本最北端まで
この身体で、たどり着けたからだ。

俺にとっては、なんとなくやってみたいことだった。
しかし、周りの評価は高かった。
なんか気づいたら、どんどん面白い人がつながっていって
気づけば9年経っていた(本当にそんな気分w)
そして俺はいま、大阪のうつぼハウスという
自分で生み出した、意味不明な家で、
地元や東京を飛び出し、旅して出会った人たちと
一緒に面白いものを生み出す日々をしている。

今年、俺は会社をつくる。
その名も「たなとすゲームズ」
ゲーム会社だ。
小学生のころ「ゲーセンの店員さん」になりたかった俺の夢が叶う。

現実世界でプレイするゲームの制作運営をする会社をつくる。
ずっと昔から思っていた。
部屋のゲームはなにかが足りないって。
メダルゲームが好きで買わずに12000枚稼いでは
太鼓の達人が好きで全国48位、県2位、ウィークリー全国1位を獲った

大都技研、北斗の拳、アラジン、青ドンあたりのスロットにハマり、
UFOキャッチャーを攻略しては、遊戯王とデュエマ、バトエンにハマり
2ちゃんねる、ニコニコ動画にハマり、
ポケモンをルビーからxyまで、アルタイル、青鬼、ツクールゲーもやり込んだ
モンハン2Gも、Mother1&2も、いただきストリートも、ダイスでチョコボも
ファイナルファンタジーも、キングダムハーツも、ロックマンエグゼも
スマッシュブラザーズDXでホームランコンテストガノン裏拳も、ターゲットを壊せゲムウォ2秒も
ファルコとルイージの絶も

それなりにゲーマーでネット中毒だった自分は、人生が部屋やゲームでも
楽しいことを知っていたし、それだけでも人生は幸せだった。
けれど、なにかが自分に足りないって言ってきてた。

それが、自分にとっては「旅」というものがキッカケで変わった。
俺にとっての人生は、ただ楽しいことをやるだけじゃない。
難しいことに挑戦し、それを攻略していく楽しさを味わいたい。
部屋でこもってゲームをするのも最高だけど
死ぬまでに行ったことのないところを一つ残らず無いように
そんな、人生という名のゲームを全クリしたい。

そんな気持ちがよぎって、19歳日本一周
20歳ママチャリ最北端をクリアーした。

それからの話は、長すぎるが
タイ・カンボジアにバックパックで行ったり
クラファンして世界で一番寒いオイミャコン村に訪れたり
マンタという僕らが愛する浮き輪で多摩川を24時間下ったり
クリスマスに富士の樹海で死体を見つけてしまったり
ヒッチハイクで何百人の人に乗せてもらい人生を語ったり
クロスバイクで本州最南端まで走破したり
フィリピン・セブ島にゲストハウスをつくったり
平昌のオリンピックを見に行ったり
インドにカレースパイス買いに行ったり
モバイルハウスという自作のキャンピングカーを作ったり
フランス・パリに行って野宿生活したり
戦時中のロシアに行ってシーシャのダークリーフ買い付けたり
あとは、札幌、北見、福岡、糸島、広島、横浜、西成に住んだり

地元湘南茅ヶ崎にいるだけでは
絶対にできなかった。あのときビビッときて動かなかったら
全然違った人生になっていたであろう分水嶺
10代の自分にあったんだと思う。

俺はいま自信を持って言える。あの頃の俺に。
最高に面白い自分になれた。挑戦してよかった。

そんな「最高の20歳からの10年間」を締めくくるため、20代最後の挑戦をすることにしました。

その名も、

#ママチャリ最北端

俺が今年つくる会社の理念は
リアルとゲームの境界線をあいまいにする
自分がずっと、ゲームの中にいるような世界を
画面のなかやVRゴーグルのなかだけじゃなくって、
この世界の、あなたの肉眼カメラの眼の前に

ゲームを作る。
その集大成でもあり、スタートでもあるゼロ地点として、
ママチャリで日本最北端を目指すことにしました。
目標は、10年前より速く着く。
ただそれだけ。

俺がずっと書いていたブログのタイトルは
Im traver of the life

俺は人生の旅人だ。
18歳。声高らかに心で叫んだこの言葉。
決めたこの言葉。
今でも嫌いじゃないこの言葉。
そして生まれた20代でのテーマであり
俺の自己理念
無限。

10代と20代で見つけた「旅」と「無限」
俺はこの2つを融合して、30代は「ゲーム」をするよ。

すべては人生を無限で表現するために、
俺は10年前に挑戦したあの姿を、あの光景を
もう一度、新たな形で見に行くよ。

8月1日から、ママチャリで日本最北端を目指します。応援よろしくお願いします。

ps 俺が10代のころ、最も尊敬していた人のツイートを載せておきます

これから準備風景なんかも載せていきます。