From 大阪市内
趣味をできてなかった。よくない。「文章構成力をつける」目的の執筆。します。
2年前「本業」という言葉が流行ると予言しました。SafariよりGPTで検索する時代になったように、人が自分で意思決定をしなくてよい時代に突入すると当時は考えました。ビジネスとエンタメという価値をつくる代わりにお金をいただいている自分はむしろ、意思決定をしまくって生きているから成り立つ自分として生きています。そんな意思のある生計の立て方をしているので、仕事は仕事、趣味は趣味と言わないといけないと感じる昨今。ごちゃ混ぜにしていると、来る渦中では社会的な人間機能を失うと思っています。試しに証明ではないのだけれど最近の仕事を書いてみようと思う
仕事1
200㎡の土地を買えそうで視察。ある取引先が町より資金援助をもらい購入を予定。条件は良い。5年前から欲しい資産で、ステークホルダーも喜ぶ顔が浮かぶ。長期的。競合優位性は高い。併せて一つのビジネスモデルを作りました。また該当する見込顧客を年間100名増加させるフロントエンドの構築とターゲティングしたLP制作をした。これは34万円の仕事。
仕事2
「ある文化」を取引先のプラットフォームで作った。ピラティス市場が成熟したりMBTIの流行にもある自分軸トレーニングが台頭した断捨離のカウンターカルチャー。オピニオンリーダーに浸透。費用をかけずマーケットイン。これが当たると50万円の商材のCPOが4万円+5か月くらいのところ、2万円+2か月になる見立て。ピボットの必要はなくランニングコストも下がる。これは月に5万円の仕事。
現在ポジショニングとして、夢に応じて経営母体をつくってお勧めし、集客プラットフォームを生み出し伴走をベネフィットとした小さな経営コンサルティングの起業をした。伴走支援や新規事業リサーチを生業としたコンサル畑を観測していると、業務支援の「ドキュメンテーション」と「資料作成」だったのでそれは元々やっていたなということ。次に僕は思いついたビジネスモデルを熱量もって人に勧められる。そして周りからみたら大したことのないアイデンティティをその人に応じて覚醒させ、周囲の華麗に仲間を紐づけるのが得意だ。これは業務支援においてUSPになるなと思った。最先端の仕事づくりをアシストする時流にあっていると思ったので起業してみた。
売上1000万円が業を起こしたなと解釈できる指標でそれ以下は単なる趣味としている。ALLROUNDERが1つ目、Amuse!が2つ目、ガチ文化祭が3つ目、シェアハウスが4つ目、スタツアが5つ目だとしたら、6つ目の起業となる。1つ目は自分の売上で1億円をゆうに超えたが、10年しかやらないルールだったので撤退してしまった。果たして経営コンサルティングの仕事は売上1億円を超えることができるのだろうか。ここにThanatosGamesとしてガチ文化祭と電車ゲームを中心にLARP開発していて忙しい。今年はインカムゲイン+50万円を個人事業で目指すことにした。すると大体会社を抜いて年収1600万円くらいだ。10年も経営の勉強をしたのに、こと実際のビジネスに関しては「普通に起業したやつ」にしかならなかったなと思う。一つも失敗していないことが経営の勉強の全てかもしれない。ビジネスはギャンブルではないと学べた。
最近の仕事を書いてみました。仕事の話をすると新鮮な感覚があり、それは「普段なんの仕事をしてるのですか?」と聞かれてもすべて答えるときと、完全に無視するときがあるから。仕事の話をしたい相手と、したくない相手が分かれているから。ほとんど「仕事の話をしたくない相手」だし、出会った人とは「遊び」と「エンタメ」を話したい。真剣に。
こんなんが、意思決定をしまくって生きているから成り立つ自分としての生き方だ。仕事をする相手はごくわずかまたは新規クライアントだけでいい。仕事は仕事。趣味は趣味。本業ワーディング流行の根拠は「結局本業がなんなのか?」を探す傍ら、社会が仕事と趣味をあいまいにしたことによる深層心理上の不安を露わにするのではないかなと思います。
だから僕は、本業の根本として事業ドメインやビジネスモデルが主語ではなく、クライアントが主語。助けたいな、関わりたいなと思った人にアセット価値のある経営母体をつくる起業しています。僕が助けたいなと思うのは「偏差値60以上の両親資産数千万以上の家計出身、ビニールハウス教育で固定観念だらけの孤独な変人エリート」か、「両親年収300‐500万円くらいの偏差値45前後の人格者たたき上げ起業家タイプ希少価値の高い実績ありだけど、イノベーターすぎて時流とかみ合っていないビジネス人間関係構築が下手な若者」です。それ以外は仕事の話をする相手ではない、全員ただの友達か知り合った普通人間だと思っています(悪口ではなく本当に心から感じていることです…)
ゼロイチとイチジュウについて
僕みたいな人間は「起業家リーダータイプ」と言われ慣れました。僕を僕がみてもそう思います。そんな僕は気になっていたことありました。巷でよく言われる「0から1を作れる人と、1から10を作れるひとは違う」みたいな話。
強み弱みに分かれている。あなたはどっちタイプ?みたいな。これ、どう思いますかみなさん。実際に起業したり、起業して失敗する人を無限に見てきて思うのだけれど、
0→1の次は、1→2なのではないでしょうか?
99%の人間がゼロイチをした人ではないからこその「憶測クリシェ」だとは思います。だとしても起業してみると、1→10なんてまとめられるほどチャチではありません。
1つ目で売上1億円は超えてってやつ、まさに1→10でした。仲間は何百人と離れ、トラブルや理不尽も何百とあり、そのぶんラッキーパンチや浮ついた話も何百と飛んできました。スーパーマンをリクルートできたと思ったら競合やスパイ、裏切りも何十人と戦い抜き、気まずい別れも泣きそうなドラマも繰り返して呼吸レベルになりました。結果論で淡々と成長してようやく1が10に芽吹きました。そうすると社会との調整もしやすくなり、型落ちの後継者や師弟関係も有象無象に出現します。妥協案も見つかり、ハレーションも起きません。そんな1→10の熾烈を「0→1が得意か、1→10が得意か」なんて安易な構造化は、そこにはありもしない幻想です。
体験したから言語化できる0→1の次は、1→2であり、ひとえに語れない。
0→1ができても1→2ができない人は多いと思います。僕の周りの起業家は多いです。0→1で月間キャッシュフロー10~30万円で株式登記後、年商1000万、調達500万円前後で2つほど知り合いやオピニオンリーダーと新規事業プレスリリースが、基軸事業が衰退しピボットして期待値ビジネスでお茶を濁すも、初期の熱量を生み出せず3-5年でポートフォリオごと畳み会社休眠。気づいたらエリート就職。何十人いや何百人みたでしょうか。
だから、ゼロイチの次に大事なのは、浮ついたイチジュウではなく、イチニ。絶対にイチをこぼさず、落とさず、あきらめず、丁寧に丁寧に「イチからニ」へ登ることだと思うんです。
本業の話、それはイチ二をおろそかにしたり、ゼロイチをおろそかにしてジュウに行こうとした人も当てはまる話なのではないでしょうか。自分で意思決定して仕事を作っていると求心力で仕事が飛んできます。しかし、果たしてそれは自分で意思決定しているのでしょうか?社会的な人間機能はそこに残っているのでしょうか
「本業」は魂の現れ。社会的な機能をたらしめる最初の一歩の熱量が、意思こそが僕は仕事の面白さであり、趣味より秀でる日常だと思います。