「文章構成力を上げる趣味」を作っています、

19歳で47都道府県を原付で周り、ママチャリで関東から北海道までローカルを見た。アジアにバックパックもした。20歳の最後には、ヒッチハイクだけの湘南→軍艦島で、地方の未開拓感に魅了された。

2歳から18年間、こんな、神奈川県茅ヶ崎市で育った。潮や磯の香りに囲まれていた。8歳から2ちゃんねる掲示板に書き込み遊び、イオンのゲームセンターでは世代を超えた人種と「メダルを稼ぐ」バトルでじゃれ合った。

長い人生を考えたときに、自分とまったく違う価値観のひとと関わらないと人生は面白くないと感じた。弱冠15歳は、ヤンキーコミュニティーを逸脱することを決め、数百人と疎遠になり、大学は東京へ進学した。

経営者スクールに通い、学生団体に入り、ビジネスプランコンテストを運営し、雑誌に取材される。スタートアップや意識の高い著名人イベントに遊びに行き、友達から変な案件をもらっては、すごい人と飲む。

18歳まで、サザンビーチや公園で黄昏れてた少年は1年後、緊張せずにスタバの床にあるコンセントで、おもむろにVAIOのノートパソコンを充電しては、大きな声でアポをしていた。

東京に通いだして3ヶ月目には、歌舞伎町はドンキと歌広場に行くための商業施設だったし、渋谷ハチ公前集合なんて効率悪いから、交番前で集合するようにしてた。

新宿アルタ前に感動した人生はそう長く続かなかった。六本木でお酒を飲んで寿司を食べる楽しさはコスパが悪いと思っていたし、クラブで芸能人と仲良くなる友だちはちょっとバカにしてたし、渋谷にいる人はみんな田舎育ちなんだろうな、なんて斜に構えた考え方をもって、キラキラした都会の生活を適度に消費しながら、自分のアイデンティティが上書きされることは一瞬たりともなかった、

「ぼくは、大学を中退して、人生を旅するように生きよう。海外でも起業しよう。地方にも移住しよう。世界全国すべての国に友だちを作って、地球を謳歌しよう。」

そんな情熱が「東京」に消されることはなかったしむしろ、都内で育った資産家の息子や、しっかりとエリート街道で育てられた同い年を見て「すごく可哀想だな。」
おこがましいが、ずっと自分が楽しませたいと思っていた。つまらなそうな人生だから。

流れるように大学を辞め、海外で起業をし、地方にも移住し、世界も旅してみた。
地方と海外にいるライフスタイルを確立して、7年。言語化していることがある。

東京以外は、すべて田舎だなと感じる。ローカルでも地方でもない。田舎だ。

大阪7年、福岡5年、北海道4年、フィリピン6年、広島2年くらい、実際に自分が生活してみて、0からそれぞれ何百人、何千人と関わってみて思う。

自分が生まれた瞬間よりも時代が遅れているんじゃないか?と思うことがよくある。

ぼくは、紛いなりにも横浜南区生まれだ。井土ヶ谷で生まれ、2歳から茅ヶ崎市に引っ越しをしている。両親が憧れの茅ヶ崎に住みたかったからだ。茅ヶ崎は都市とは呼べないが、横浜は23区を抜けば、日本屈指の経済成長エリアだ(実際日本一位である)東京や海外の匂いがする独特な神奈川の生活感を含んだバランスの優れた居住地だと思う。

ローカル、地方が好きといえど、所詮は神奈川生まれ、東京の大学生。横浜→湘南→吉祥寺。都内出身の坊っちゃん友人を見ていると、シティボーイとは思えないが、ぼくが今住んでいるような地域出身の人からみたら、バリバリの都会人。それで19歳から旅をしたのだから、ライフスタイルにまつわる仕事がしたくなって当然だ。

カルチャー、飲食店、住宅街、ビジネスリテラシー、県民性、ブームやトレンド、方言や言い回し、夜の明るさやエンタメ、家賃や最低賃金など

「居住」して、いろんな価値観を体感した。その結論は本当に、東京を軸にして考えたときに、大阪も含めてすべて田舎だということ。ローカルでも地方でもない。田舎という言葉が相応しい。そこで一番感じるのは、所有に対しての概念である。

シェアリングエコノミーって知ってるか?

東京以外で、シェアリングエコノミーを尊重すると「搾取」されると結論を出した。
「村」という概念が正しいだろう。これには受け入れがたい表現だと思う人もいるだろうし、「え、わたしが住んでる地域は、周りのおばちゃんがよく物くれたりするよ!」という意見も多いと思うし、僕も当然何百回もそのような古き良き習慣は経験している。しかし、実際に何年も根を張り、ヒト・モノ・カネを動かし、地域比較をしている身として「ローカルって、マジで最高だよな~✌」な価値観は、敢えて浅はかなものだと警笛を鳴らしたい性分だ。

ようは、東京以外の地域は、本質的にシェアリングエコノミーに経済合理性がまだ無い。
ゲーム理論上、互いに利用をせず所有をすることが正しいという経済性が非常に強いと感じます。

具体的にはメルカリ、ジモティ、タイムズ、タイミー、エアビーなどを使ったことがある人が極端に減る。知ってはいるし、使ったことも何度かあるが、頭のなかにこれらすべてが思い浮かび、人からの紹介ではなく自分の意志で数回ずつ使用したことがある、体感このフィルタリングだけで、東京以外の地域では1%を切る。

ビジネストレンドの文脈であれば、古着屋の店舗数は大阪よりローカルになると、3分の1ほどになる。なんなら今やっと古着のトレンドが来ていると感じる。そして、古着が流行るのは名古屋と福岡くらいだと思う。セカンドストリート大阪は71件だが、広島は20件だった。

シェアリングエコノミーの本質は、遊休資産の回転率にある。車の所有者全国平均の利用時間は1日78分とのことだ。5人で譲り合って乗っても、14時間以上も無稼働時間がある。東京なら高級車やキャンピングカーレンタル案件などいくらでもあるが、ローカル・地方にはほとんど無い。というか、使おうという考え方が文化としても教育としても浸透していない。

遊休資産はあるが、利用できるハードシステムまたは文化の土壌が整っていない。体感としても、札幌や福岡市内でタイムズカーシェアを使ったり、ジモティで家具を取りに行ったりすると大体は、東京数年いたことがあるという人が多い。東京居住経験者向けがペルソナになっているように感じる。

東京を軸にすると相対的に田舎であるファクトベースの統計は多岐にわたる。東京はGDPランキング世界18位前後。東京は大阪を中心としたほかの都市と比較されがちですが、個人的な見解として、東京以外のローカルで関わる人たちへよく表現しているのは

パスポートのいらない海外メガシティ。

しかしこれ、重み通りに伝わった試しはありません。「そんなことないでしょ」と思っているんですよ。東京以外に住む皆さんは。吉祥寺に2年、新宿に7年住んで思うのは、本当にそんなことしかない。東京とそれ以外は10倍じゃ足りないくらい文化風土も、国民性も、マーケティングも違う。

オランダやスイス全土の1,5倍の資産がある「東京都」 政治経済を選考していた身としては面白すぎるデータ。

結論 田舎に住む場合はシェアリングエコノミーの性善説で人と関わると大量にヒト・モノ・カネを失う。特にビジネス、そしてライフスタイルを田舎で確立したい場合、ストック戦略に重きをおく必要があるなと感じます。それも含めて、古き良き平成の日本を味わえるのが田舎の特権。

僕が「田舎」と表現するのは、「ローカル・地方」という呼称だと、表層的なメリットが過剰に評価されていると感じるから。「ローカル・地方」と呼べるような手触り感のあるライフスタイル体験は、時間軸として1週間以内の観光または、東京で獲得した資産横流し消費の半X利用。完全移住で収入源、クライアント、パートナーも「現地調達」なリアル・RPGに憧れる人には指南したい。実際の作業は所有資産を確立する田舎ゲー。遊休資産の回転率を上げて合理性を生む、その人件費は高いという判断です。

痛い目にあったことはありません。それぞれの田舎を楽しんでいます。田舎としての最高峰である大阪なら適度に資本構造が豊かで、シェアエコがゼロではない。大阪も田舎ですが皮肉ではなく真実としてスローライフだと感じます。

田舎で暮らすうえでは、ビジネスリテラシーや経済合理性を学ぶと、ハックできるなと感じます。最高峰の田舎についても、また書きたいなと思います。それと、35歳には東京と神奈川、ベルリンにもシェアハウスを作ろうと考えています。