ぼくは9年間続けていた月額1万円で経営初学者が体系的に基礎ノウハウを受講できるコミュニティビジネスの経営に従事し、およそ3500名ほどの起業志望の大学生に対して「やりたいことがない、何をしたら良いかわからない」という段階から「年商数千万フェーズで、100人単位のプロジェクトマネジメントがうまくいかない」くらいまでを育成領域のセンターピンとして一気通貫で、おもに基礎教育の反復また反復にまつわるマインドセット教育、フロントエンド構築、MVVの策定から使用用途まで網羅的に事業サービスとは名ばかりの日夜、情熱的に自分ができることをすべて出し切って、人材の育成に励んでいた。現在は教育事業から完全に撤退し、自分の本来やりたいと思っていたゲーム開発だけに励んでいる。Reactを勉強しなきゃいけなくなってしまった。

当時教育していたサービスの一部に、競合優位性にまつわる項目があり、それをコミュニティ内ではエキスパートとプロフェッショナルは違うという概念的な指導をしていた。

経営者を志していれば当たり前のことを、無知な人に対して丁寧に言語化する仕事を9年の従事によって、魂レベルで培うことができた

概念的な指導の具案はこんな感じ。しかしエキスパートとプロフェッショナルに関して、現場で相当な不満を感じることが多かった。それは、エキスパートを「売れればいい」と認識する輩が多すぎるということだ。

イメージとして、情報商材を思い浮かべてもらえるとわかると思う。
このコミュニティサービス自体、お金を払ってビジネスを学ぶという無形商材のCSを数千人の新規顧客に対して内製化、構造化してリソースにしてきたので、情報商材への解像感は日本トップレベルだという自負がある。界隈の認知や破壊的イノベーションはもちろんのこと、結局何がウザいのかの現場で起きている情緒を正しく言語化できるようになった。

そんな文脈を引き合いにだして、語ると分かりやすい。エキスパートで勝負する醜悪は、プロから一部だけ盗んで商売する愛のないビジネスマンのようなことだ。ぼくはこの思考回路でマーケティングをする人が結果として許せなかった。理由は、以下の記事を読んだことに由来する。当時は20歳だったか

ヨッピーさんが昔から大好きだった。ぼく自身がバックグラウンドとして、8歳から2ちゃんねるに書き込みをして、中学生からニコニコ動画を何千時間と楽しんできた。だから、創作をする人の想いや、人を面白がらせることや着想が昇華しミームになるインターネットムーブメントの火付け役のひとりが、紛れもなくヨッピーさんであると認識していた

ぼくは、イケダハヤトさんをリスペクトしている。事実として、まんたまんズで川下り合宿でイケダハヤトさんのアジトにご招待いただいてビジョンをお話させてもらったこともある。コピーライティングに対する戦略(質より量、SEOよりも回遊率)に感銘を受けた。実践し成果も出た。リアルタイムで、WPに変わるAI運用のサイト構築も学んでいるものもある。

結果が出れば何でも良い。たとえ人を悲しませたり嘘をついてでも。マーケティングとしては正しい。ぼくはビジネスマンになりたいわけではなかった。人を悲しませたり、傷つける人と同じ空気を吸いたいとは思わない。ビジネスをしていて、ふざけんなと思うことは少ないけれど、悲しいねと思う瞬間に、プロの一部をパクって商売する事象、多いなと思う。

TTPという言葉がある。徹底的にパクるというもはやマナーとして浸透した経営哲学。この文化に「TTPさせてもらいました」のような文化がある。あれ、とてもいいと思っている。本人に感謝が伝わる。直接ありがとうって言えない人、ぼくは好きじゃない。ありがとうって言うのが恥ずかしいとか、負けた気がするとか思っている人、すごくダサいなって思う。

人はひとりでは生きられない。遠くに行きたいなら組織が必要。車輪の再発明は必要なくって歴史から学んだ方が良い。だけど、果たしてあなたにとってビジネスに感謝はいらないのだろうか?あなたは資本主義のロボット?自分の点数を上げる作業みたいに年収を上げる?受験勉強とか部活みたいに、スコア化して承認してもらうためだけの競技?

そんな情緒があって、ぼくは言語化した。エキスパートとは特徴に対するものではなくベネフィットに対するものだ。上澄みだけ真似しても意味ない。表面的なパクリには価値はなく本質をマネないと意味がない。これはマーケティングの面白い世界で、電通も最近提唱した界隈づくりにはより属人的な影響があるし、思想設計のひとつに創業者のDNAは入る。形だけパクっても、ルッキズムに迎合したトレンド・ライトユーザーしか集まらない。残るリターンはキャッシュになる。キャッシュだけではリターンが少ないとは思わないか?哲学も、愛情も、人材も、気持ちのよい思い出も、残らない。上澄みでは資本主義のなかで、コスパが悪い。だから経営が、健全にならない。

Appleのiphoneはシンプルで美しいことが語られる。最近、GooglePixelがシェアを加速した。iphoneより破格、同スペックを売っている。競合ではないが、Appleユーザーをスイッチングするには、シンプルで美しい(快感)、ここにエキスパート取らないといけない。Pixelは角ばっている。スルッとした日常使いのスムーズ快感が少ない。

日本人はApple信者だ。Androidを使わないのは「壊れそう」だから。そんなファクトはないのに。Androidの中央値はAppleより割安。しかし、なんか、iphoneのが気持ちいい。ベネフィットである。Appleはプロフェッショナルなのである。ちなみにAppleのようにデザインが気持ちいいと思うメーカーがある。Appleより高い。けれど5年愛用した。Galaxy。ぼくはAndroidが好きではなく、Galaxyが好きということが最近わかったし、求めていることは機能ではなくベネフィット(ロマン)

…あの仕事を辞めて1年半前。かなり昔のことのようだ。
長年やさしく起業の勉強を教える先生をやっていて良かったなと思う収穫それは、
自分が学べたことである。

「お前のためだ」とマウントして理論武装したフィードバック?
情熱的に生徒にカンフル剤で洗脳?
社会性のある実績で授業への期待値にハレーションを起こす?
ぼくの恩師の先生スタイルは違った。生徒よりも先を生きるために泥臭く、生徒との対話を通して、生徒のできないから先生が学び直し続けるということが、なんなら先生にとってのベネフィットだと思っています。

そんな先生が5年くらい前からいなくなった。あれから次第にぼくも先生を辞めた。なんだが悲しいな。
先生という観念を超越したベネフィットだけをくり抜いて、ぼくは様々な分野のベネフィットを融合させた「ロマンの王」になることを誓います。