ここ数年、マダミスに鬼ハマりしている

マーダーミステリーとは、プレイヤーはそれぞれ別の人生を与えられ、嘘と真実が入り混じる会話の中で物語を進めていく。簡単に言えば推理小説のなかに飛び込むようなゲームで、ほかのプレイヤーとたくさん話して楽しむ遊びである。

2023年ごろから何度も遊んでいて、すごい楽しい。特にプレイ後「あの時どうだったか?」を話し合う瞬間がたまらなく好きだ。

しかし、このゲームには一つ欠点というか、大きな特徴があり、「うまい人」と「つまらなくする人」の差が、あまりにもはっきり出てしまう。今日はそれについて言語化したいなと思った。

同じシナリオでも、ある卓では傑作になり、ある卓ではただの長い会話で終わる。自分は楽しませることも考えて、たくさんの役に入り込む。犯人役なら、答え合わせのときに犯人を殺した理由をアドリブで追加したり、女役なら裏声で3時間話したり、、、、僕はこれが楽しいと思うタイプで、似たタイプの人とやると、笑い転げるくらい楽しい。

例えばこんな作品がある。

「勇者が死んでしまった。」この一節から始まる作品。ネタバレは控えて話すと、プレイヤーが演じるキャラクターはすべてゲームの登場人物のようなキャラで、「私は占い師よ」とか「俺は戦士だ」みたいなノリで演じても、全員がどこかのアニメやゲームで見たことがあるようなシーンを想起するので、自然に遊んでいるだけで、ゲームのようで楽しい。

しかし、難しい瞬間もある。一緒に遊んだプレイヤーのなかには普段の友達と違う演技に笑ってしまい、自分の役に入り込めなかったり、単純に情報量が多くて難しく、途中で眠くなってしまっている人がいた。

作品自体はめちゃくちゃ面白いし、難易度も初心者向けだけど、要は、追いつけていない人が存在してしまうことが避けられなかった。これ、何十作品と、何十人とやっていて、ずっと気になっていたことだった。

ただ「演技が下手」とか「頭が悪い」とか、そういう話ではない気がしていた。もっと構造的な問題というか、マダミスを楽しむために必要な能力が人によって大きく違うのではないかと思った。

なぜ、同じゲームなのに体験の質に差が出るのか?結論として自分はこう思っている。

「複雑な状況で思考を維持し、自分で面白さを生成するスキル」が足りていないだけなのではないか?

ChatGPTに自分の意見をぶちまけたら、4つに区分してくれた。

1,複数タスク処理の障壁。
2,思考を維持するスキル
3,面白さは没入と比例する
4,動機づけの実力

ある程度、自分の意見がまとまっている4つだ。細かく説明しようと思う。

1,複数タスク処理の障壁。

マダミスは想像以上にマルチタスクなゲーム。

  • 情報を読む
  • 他人の発言を処理する
  • 嘘をつく
  • 自分のキャラを維持する

これを同時にやるから、詰まる人がいることは、やったことがない人でも想像できると思う。じゃあ、それはどんな人なのだろうかと考えたときに、僕は「切り替えながら処理するが弱い人なのではないかと考えた。マルチタスクというのは焦点を絞ればシングルタスク群であり、一つ一つを連続して終わらせては次に取り掛かる、この作業を遠目で見たらマルチタスクに見えるというだけだ。

しかし、一つのことを集中しているときに、次の事象が現れたときに、スルースキルだったり、優先順位付けだったり、マインドの比重だったりと、人が無意識にやっていることに能力の差があるのだと思う。

結果、一つのことに集中するのはできても、複数の文脈を持ちながら考え続けることができない。
マダミスのようなゲームデザインのものをプレイするときには、如実に実力の差が出てしまう。

2,思考を維持するスキル

ChatGPTが出してくれた次の区分。
マダミスでは「手がかり」が重要で、カードを引いたりしてプレイするのだけど、新しい情報が出てきたときに、人によっては「内容の意味がわからない」と手がかりをヒントとして捉えられなくて、難しいからつまらないみたいなことが起こる。

この「わからない状態」に入ったときに、思考をやめてしまう人は、よくマーダーミステリーでも没入度が下がっているなと思う(なので僕とかは、もうちょっと頑張れーwとか思ってしまう)

自分が想像できないことや、わからないことがあったときに、情報処理をやめて、逃走行動を起こしてしまう人。

3,面白さと没入の比例

マーダーミステリーは作家が作っており、映画や小説のように評価がつく。だからマダミスのまとめサイトみたいなところでは、ラーメンやサウナが好きな人みたいに「あのマダミスはこうだ」とか、活発に議論が行われている。見てて面白い。けれど、僕は思う。


結局、マーダーミステリーの面白さよりも、プレイする人が面白がれるかどうかが9割ではないか?ということ。これは多くのゲームで課題になっていると思う。逆に言えば、没入型のゲームは暇つぶしでやるものとして、「大衆向けではない」ということでもある。

入り込んだ人には神体験だけど、入り込めなかったら退屈な会話が続くだけで、苦痛な時間。
実際に、それほど差があり、これは能力によるものだと思う。

4,動機づけの実力

マーダーミステリーは、指示やゴールがない。だから、迷う人がいる。
自分で意味を見つけて、自分で面白くしないといけない。それは、難しい。

しかし、これができないと、途端につまらなくなると思う。
さっきも書いたけれど、ただの長い会話ゲームで、人によってはスマホをいじり始めたり、飽きて視線をそらしたり、眠いふりをしたり、、、、これは珍しいことではなくって、少なくとも100人以上とマダミスをしてきたけれど、ある程度毎回起こることだった(だから違和感があって、書いているし)

そもそも、動機づけって人生において難しいのだから、ひとつひとつの意味のないことに対して、動機を持つってすごい難しい。だって、普通に生きてて殺人事件は怒らないわけだし、映画やアニメは見るだけで良いけれど、マダミスはインタラクティブに愉しむことに正解がないなかで、実質的に演技を評価される対象にさらされるのに、フィードバックが来るのは3時間後とかだ。

体育会系とか、脳死で、とかと理由が違う。似たゲームの人狼であれば勝ち負けが明確に決まるけれど、マダミスは勝ち負けすら決まらないから、スポーツだからとか、勝利を目指すからのような高圧的なピアプレッシャーもかからない。単純明快ではない。まあ、だから面白いんだけど。

赤信号で青空を見上げて「さあ今日はどんな日にしようか」と想像をふくらませる人よりも、「スマホいじるか」とSNSに目をやる人がほとんどなように、マダミスも、自分から動機を作ることができない人のほうが圧倒的に多くて、

思考が追いつかなかったり、役割が持てなかったり、面白さを感じられなかったりする。
人はこういうときに、サレンダーをしてしまうのだ。

サレンダーとは、ゲームを途中で諦めること。無論、逃走である。
桃鉄してるときにLINE返す人とかまさに。

こんな感じで4区分を言語化してみたけれど、やっぱりマダミスができない人たちには一定の傾向があるなと思うし、頭が悪いとかでもないなと思う(IQとかEQとか、頭が悪いとはどの定義なのかによるが、、、、)

マダミスから拡大解釈をすると、長時間没入して自分で意味を作る能力が必要とされる現場では、人によって大きく乖離が生じると思う。ゲーム開発をするようになって、いま言語化して、違和感が少しだけ「見える化」した。

しかし、もしもマーダーミステリーのようなゲームが、思考や没入のトレーニング装置として機能するのであれば、日常的にスマホをみないで、「目的意識」をもって生活する人を育むことなんかができたりするかもしれない。

自分は今、ゲーム開発をしていて、これは人生を大いなる死ぬまでの暇つぶしとして、捉えているからこそ、このような問題提起をしている。人狼ゲームや桃鉄ひとつとっても、本気で村を守るために戦うし、株主のことを考えて経営している。

対して、自分がやっていることを批判的にみたときに、他人に苦痛を強要するような人間になってしまっては元も子もなくて、自分が高校のときに部活に入りたくなくて、帰宅部でゲームセンターに通えたように、ゲームをしたくない人には、ゲームをしなくていいよと提案できるような人間でありたいと思う。

オールインクルーシブなゲームを作るのは難しいけれど、MOTHER2のキャッチコピーのように、幅広い世代にメッセージ性のあるコンテンツを生み出すことを願って、これからも面白いことを無限に生成していこうと思います。