
おととい屋久島にいた。
海が綺麗な江の島のようだった。
恥ずかしいことに、
ぼくは、未だに10代の頃の怒りを
忘れられずにいる。
気づいたら32の代だ。
精神的には何一つ
大人になっちゃいない。
変わったのは、、、そうだな
どこか廃れた人間関係みたいな感情。
知識はあればあるだけ…
と、マキシマリストになった空虚。
言葉の意味を、そこはかとなく定義できるようになり、何事もコントロールする日常。
「経営者だったら、ヒト・モノ・カネをコントロールして当たり前じゃないですか」今のぼくが心の片隅で
のほほんと、ぼやいてそうだ。
どこかのカリスマが、25歳くらいのときに「経営のサラリーマンになるな」そう喚いてたな。
L時に曲がった鋭利な飛び道具が
リーダーシップの頂きをUターンして
心に突き刺さる。
俺の考えた最強の、ブーメラン、だ。
惜しみなくモチベーションを発揮して
やりたいことで、人生を送るなど
簡単にできるようになってしまった。

どこか、自分の顔も
キリッとしてしまった。
しっかりしている人、みたいな雰囲気が
妙に自分で気に食わない。
ぼくは、旅が好きだ。
とてつもなく、好きだ。
好きだった。
そんな気持ちが、無くなりかけていた。
だから、弾丸で屋久島に行った。

自然が大好きだ。
見たことがないものをみるのが、大好きだ。
行ったことがない場所に行くのが、大好きだ。
大好きだった。
いつからか、知らない場所に飛び込むのが、飽きたのか。大体は「見たことがある」と思うようになった。

無論、日本など8周したくらいに巡り
夜行バスなど200回以上乗って、ほとんどのB級グルメや街並みは類似品で説明できてしまう。
知りすぎたと言えば、クールだが
見るところがないと言えば、ひどく侘びしい。

江の島みたいと言ったのは
湘南に焦がれてきたからだ。
湘南の地、茅ヶ崎で育った。
今の人格のすべてが、ここにある。
過言ではない。
いまだに無くならない、心だ。
旅人宮代と、銘打って格好つけてた19歳の日本一周した俺
20歳の旅ブロガーの俺
いまは
記事一覧だけ静かに唸る、波打ち際。

食パンを買うのが好きだった。
ママチャリ旅で、道路に座り込み
食パンを食べるのが幸せだった。
この広い世界で、
ちっぽけな自分を感じるのが
とびきり自由で、好きだった。
そんな風にして、ぼくは旅人から大人になった。
いつからだろう。
おとなのことを「闘う相手」から「社会」のことだと思うようになったのは。

強くなりすぎた自分に
精神的に成熟してしまったことに、
どうにかおかしくなってしまいそうだと
危機感があって、深夜に飛行機を取って
大した睡眠も取らず、数時間後に家を飛び出した。
もう、ぼくが住んでいるのはシェアハウスじゃない。
もう、ぼくが使っているのはママチャリじゃない。
100円を握りしめて、朝もやのなかチャリを漕いで、遊びに行ったのは
モーリーファンタジーの太鼓の達人
UFOキャッチャーで取るMP3プレイヤー
エヴァンゲリオンのスロット
いまはどうだ?
30万円握りしめて
moomoo証券でウェスタン・デジタルのスイングトレード
本当に、稼ぐメダルの種類が変わっただけだろうか

もしも変わらない感情があるのなら、わざわざスロットを何台も買わないはずだ。
なんのへんてつもないようで、、何かが違う。
30歳になるとき、
人に何かを教える仕事をやめた。
20歳からの誓いだった。
「自分が弱いから、何者でもないから
教えられることがある。」
そんなカリスマだった。
幼い頃からの夢は、ゲームセンターの店員さん。
そんな夢を抱きしめて
今は毎日、ClaudeCodeと睨めっこ。
できることが、どんどん増える
めまぐるしく、強くなる自分に
なんだか、嫌気がしたんだ。
誰かを助けてあげたい
困っている人がいたら、なにかしたくなる。
夢があるのに、目標があるのに、
つまづいてる人を見ると、
つい、何かを教えてあげたくなってしまう。
真実を伝えて、ひたむきに努力させたくなってしまう。
弱くなくなった自分に、嫌気がさした。
気づいてしまったよ。
旅人だった、かつての弱い俺は
まだ、心のなかにいるみたい
旅じゃ、人生は変わらない。
変わるのは、心の内側からだけだ。
そんなクリシェを、知っているのに
屋久島に行った。
そんな自分を救いながら、誰かを救う旅人でありたい。
そう、強く感じた、一人旅でした。

24歳までの、旅ブログ
自己理念「人生を表現し、人々に感動を」
もういまは、涙を流してブログは書けない