クロスバイクを走らせるのは本当に幸せなのだろうか。

井の頭公園で吉田松陰の留魂録をベンチでコーヒーして、5分で自宅に着く。ぼくが武蔵野市の三鷹に住んでいたとき、交通費がもったいなくて、自転車でよく移動していた。楽しかった。

都内を自転車で漕ぐ優越感。
代々木でシェアハウスを運営したときもそうだった。


東大に通う住民のひとりは、本郷まで代々木から自転車で通い、経費を抑えていた。賢い選択だなと思っていた。Youtubeで最近、田中渓さんという元ゴールドマン・サックスの人が話題になっている。ぼくは後輩のことを、そんな眺望の眼差しでみていた。先輩の家に住みながら、早起きして読書をして、1限に間に合うよう、朝靄のなか自転車を漕ぐ。そんな東大生。人生が好転しない理由がない。

これは完全に癖のはなしだけど、ぼくは山手線に乗り続けるような人生が送りたいと思う。もっと大きく言えば、「色々考えた賢い選択」よりも「平凡で普通の選択」をしたい。移動ならバスや電車を使って数百円払う生活がしたい。
いま、大阪に住んでいて、電気自動車も買ってしまった。
日本一周をした原付も愛用して、行きつけのカリスマ美容師に教えてもらったロードバイクも乗りこなし、20代前半でハマったペニーというスケボーもコンビニへ行くのに使い、近くの移動はキックボードだ。モバイルハウスも2台持っているし、タイムズカーシェアもよく使う。

この前、10年ぶりに自転車旅をして最高に楽しかったのだけど、あれは優越感じゃないかと思った。
突然だが個人的に、旅をするなら夏休みがいいと思っている。できれば8月1日から。あの、夏休みを自分が独り占めできている憧憬は忘れられない。自分が茅ヶ崎出身だからだろうか。

話を戻そう。自転車というのは、ぼくにとって「賢い」乗り物だ。インセンティブを感じて気持ちいい。
しかし、本当に便利なのは公共交通機関だと思う。

もう31歳になって半年も経つが、ぼくは積極的に夜行バスとヒッチハイクを使い、日本全国を移動している。どちらかというと、夜行バスが山手線で、ヒッチハイクはロードバイクだ。ヒッチハイクをすることで賢いと思われたいエゴの感情が自分につきまとう。これは、田中渓さんに感化されて今日、5時40分起きでチョコザップに行った理由とまったくと言っていいほど同じ感情だ。

この記事を書きたくなった理由は、同じ気持ちの人と出会いたいと思ったのだ。
ぼくにとって、人生は毎日自分を豊かにして、幸せな感情を与えてくれるご褒美だ。

生活をするには、お金がかかる。お金を稼ぐためには働かないといけない。だからこそ、貴重なお金を無駄にはできない。タクシーに乗るのも、新幹線に乗るもの、もう一度働かないといけないリスクを背負うものだ。自転車を買って移動すれば、お金はかからない。しかも運動になるとか、気持ちいいとか盛り沢山じゃないか。

31歳の自分は、高校生のころのような生き方を永遠にしたいと思っている。青春と呼ぶのが正しいだろう。
たぶんここに、自転車で都内を移動することへの、ある種の嫌悪感がつきまとう。
ぼくにとっての青春とは、毎朝5時おきで都内のデニーズまで始発で週7東海道線に乗ったり
茅ヶ崎駅から藤沢駅までの途中で、辻堂の商業施設を見てバカにしたり
歌舞伎町で飲み終えて、0時50分の16番線で三鷹までの電車に間に合うような日々。

自転車は大好きだ。だけど何歳になっても
山手線に乗って生活したい。

いついつまでも。

2010年、茅ヶ崎のバス。なぜ乗ったか、撮ったかも覚えていない。